設備屋コラム #03 続編
前回の設備屋コラムでは、当社の実際の仕入データをもとに、 VVF 2.0mm×2C 100m巻が、 2025年1月の14,200円から2026年9月には24,600円になっていたことをご紹介しました。
では、なぜ電線はこれほど高くなっているのでしょうか。
電線価格を考えるうえで避けて通れないのが、導体の主材料である「銅」です。 今回は少し視野を広げて、世界の銅の需要と供給、 そして数年先にはどのような材料が使われるようになるのかまで考えてみたいと思います。
まず、「世界から銅がなくなっている」わけではありません
銅価格が上がっていると聞くと、 「世界的に銅が不足して、もう採れなくなってきているのではないか」 と思われるかもしれません。
しかし、話はそれほど単純ではありません。
国際銅研究会(ICSG)は、2026年の世界の精錬銅需給について約9万6千トン、 2027年について約37万7千トンの供給超過を予測しています。 つまり、少なくとも短期的には 「世界中で今すぐ銅そのものが足りない」 という状態ではありません。
問題は、これから先です。
世界は、これまで以上に「電気を使う社会」へ向かっています
銅は、電気をよく通し、加工しやすく、耐久性にも優れています。 そのため、住宅や工場の電線だけではなく、 送配電設備、変圧器、モーター、発電設備、電気自動車、 充電設備、データセンターなど、非常に幅広い場所で使われています。
国際エネルギー機関(IEA)は、世界の銅需要について、 電力網や電気自動車、再生可能エネルギー、デジタル化などを背景に、 2040年までに現在より約700万トン増えると見込んでいます。
つまり問題は、 「現在の銅が足りない」というより、 今後増えていく需要に供給能力の増加が追いつけるのか ということです。
銅鉱山は、需要が増えたからといってすぐ増やせません
商品が足りなければ、生産量を増やせばよい。 普通の商品なら、ある程度はその考え方が通用します。
しかし、鉱山はそうはいきません。
新しい銅鉱床を見つけ、調査し、採算性を確認し、 環境調査や許認可を経て、道路・電力・水などを整備し、 鉱山設備を建設して実際の生産に入るまでには長い時間がかかります。
IEAによると、新しい銅鉱床の発見から生産開始までには、 平均で約17年を要するとされています。
今日「将来、銅が足りなくなりそうだ」と分かったとしても、 来年から一気に増産するということはできないのです。
さらに、同じ量の銅を採るのが以前より難しくなっています
もう一つ重要なのが、銅鉱石の「品位」です。
鉱石の中にどれだけ銅が含まれているかという割合ですが、 IEAによれば世界の銅鉱山の平均的な鉱石品位は、 1991年から約40%低下しています。
簡単にいえば、 同じ1トンの銅を得るために、以前より多くの岩石を掘り、 砕き、運び、処理しなければならないということです。
当然、そこには大型機械、燃料、電力、水、人員が必要になります。 銅鉱石が地中に存在することと、 安い価格で大量に銅を供給できることは、同じ意味ではありません。
新しい大規模鉱床の発見も簡単ではありません
IEAによると、過去35年間に発見された主な銅鉱床のうち、 直近10年間に発見されたものはわずか5%程度とされています。
既存鉱山の鉱石品位は下がる。 新しい大型鉱床は簡単には見つからない。 そして見つけても生産開始まで長い時間がかかる。
この三つが重なることで、 将来の銅供給には大きな不安が残ります。
IEAの2026年の見通しでは、現在計画されている鉱山開発を考慮しても、 2035年には必要量に対して約25%の供給ギャップが生じる可能性 が示されています。
理想は「一か所に頼らない供給構造」ではないでしょうか
将来の銅供給を考えるとき、 単純に「もっと鉱山を作ればよい」ということだけでは解決しません。
銅は、
鉱山で採掘する
↓
鉱石を選鉱する
↓
製錬・精錬する
↓
線材や板材に加工する
↓
電線・モーター・機器などになる
という長い工程を経て、私たちの手元に届きます。
この途中のどこか一か所が特定の国や地域に極端に集中すると、 事故、災害、紛争、政治的な問題、物流の混乱などが起きたとき、 世界全体へ影響が広がります。
これから望ましいのは、 最安値だけを求めて一極集中するのではなく、 複数の国・地域に鉱山、製錬、加工能力を持つこと ではないでしょうか。
これは設備工事にも少し似ています。 一本しかない幹線は、その一本が止まれば全部が止まります。 予備系統や別経路があれば、多少コストはかかっても設備全体は強くなります。
「都市鉱山」――使い終わった銅をもう一度使う
もう一つ、大きな可能性を持つのがリサイクルです。
建物、電線、モーター、エアコン、自動車、家電など、 私たちの身の回りにはすでに大量の銅が存在しています。
これらを回収し、再び銅として使うことができれば、 新しい鉱山だけに依存する必要はありません。
IEAは、世界の重要鉱物についてリサイクル由来の供給比率が、 現在のおよそ10%から2040年には20%近くまで増える可能性を示しています。 特に銅は、すでに比較的成熟したリサイクル市場を持つ金属です。
2030年以降は、これまで社会に蓄積されてきた銅製品が大量に更新時期を迎えるため、 「地面の下から掘る鉱山」だけでなく、 「街の中にある銅を回収する都市鉱山」が ますます重要になると考えられます。
そして、「銅でなければならないのか」という選択も始まります
資源価格が上がれば、産業界は必ず別の方法を考えます。
代表的な代替材料がアルミニウムです。
アルミは銅より導電率が低いため、同じ電気を流すにはより大きな断面積が必要ですが、 軽く、価格面でも有利な場合があります。 すでに送電線などでは広く使用されています。
IEAも、地下・海底ケーブルなどでアルミの利用比率を高めれば、 2040年の電力網向け銅需要を大きく減らせる可能性を示しています。
もちろん、住宅配線まで明日からすべてアルミになるという話ではありません。 接続方法、酸化、熱膨張、施工性、安全性など、 実際の電気工事では多くの条件を考える必要があります。
しかし将来は、 「何でも銅」ではなく、銅でなければならない場所には銅を使い、 他の材料でもよい場所では別の材料を使う という考え方がさらに進むのではないでしょうか。
さらに先には「銅そのものを進化させる」研究があります
代替金属だけではありません。 銅そのものをより高性能にし、 少ない材料で同じ、あるいはそれ以上の働きをさせる研究も進んでいます。
その一つが、グラフェンと銅を組み合わせた複合材料です。
2025年に発表された研究では、 グラフェンと銅の界面を制御することで、 通常の基準となる焼鈍銅を上回る109%IACS程度の導電率を得た例があります。 また別の研究では、100%IACSを超える導電率と強度向上を同時に実現する成果も報告されています。
ただし、研究室で高い性能が出ることと、 私たちが日常的に使うVVFケーブルを大量かつ安価に製造できることは別問題です。
製造コスト、設備、品質の均一性、接続方法、長期耐久性など、 実用化にはまだ多くの課題があります。
3年後、5年後、10年後――電線はどう変わるのでしょうか
ここからは将来予測ですので、当然ながら確定した話ではありません。 現在の技術開発と資源事情から、設備屋の目線で考えてみます。
3年後――2029年ごろ
まず進みそうなのは、 銅を無駄なく使うこと、リサイクル量を増やすこと、 そして用途によってアルミへの置き換えを進めることでしょう。
銅を完全に別材料へ置き換えるというより、 「本当にここにこの量の銅が必要なのか」という設計の見直しが、 メーカー側で進む可能性があります。
5年後――2031年ごろ
EV、高性能モーター、データセンター、航空宇宙など、 材料価格以上に軽量化や発熱、強度が重要な分野では、 高性能な銅合金やグラフェン・銅複合材などが 一部で実用化を広げているかもしれません。
ただし、住宅用電線のように大量生産、低価格、長期信頼性が重要な分野では、 従来の銅電線が引き続き主流である可能性が高いと思います。
10年後――2036年ごろ
10年という時間があれば、 「銅か、アルミか」という二択ではなく、 用途によって導体を使い分ける時代が さらに進んでいる可能性があります。
例えば、
送電設備 → アルミ系導体
住宅・建物内配線 → 信頼性の高い銅
EV・モーター → 銅・アルミ・高性能複合材料
特殊な高電流用途 → 新しい複合導体
というように、材料を適材適所で使い分ける方向です。
将来の電線は、まったく未知の金属に一気に置き換わるというより、 銅を減らす技術、銅を再利用する技術、 そして銅そのものを高性能化する技術が 同時に進んでいくのではないかと思います。
材料が高くなることは、技術を変えるきっかけにもなります
銅価格の上昇は、私たち工事店にとっては決して歓迎できることではありません。
電線や冷媒配管など、日々使用する材料の仕入価格に直接影響するからです。
しかし世界全体で見ると、 資源価格の上昇は「別の材料を使えないか」 「もっと少ない量で同じ性能を出せないか」 「使い終わった材料をもう一度使えないか」 という技術開発を促すきっかけにもなります。
もしかすると10年後、 私たち設備屋が手にする電線も、 今とは少し違ったものになっているかもしれません。
ただ一つ言えるのは、 電気を使う社会が広がる限り、 「どうやって電気を安全に、効率よく運ぶか」 という課題がなくなることはないということです。
銅を使うのか、アルミを使うのか、 それとも新しい材料が登場するのか。
材料価格の変化を単なる「値上がり」として見るだけでなく、 その向こう側で世界の産業や技術がどう変わっていくのか。 これからも設備工事に携わる者として、注目していきたいと思います。
参考にした主な資料
・International Energy Agency(IEA)
Global Critical Minerals Outlook 2026
・International Copper Study Group(ICSG)
Copper Market Forecast 2026/2027
・IEA Recycling of Critical Minerals
・近年のGraphene/Copper複合材料に関する材料研究論文